2006年02月13日

「沖で待つ」よみました

絲山秋子さんの「沖で待つ」を読みました。文芸春秋3月号。おー、また芸風変えてきました。

テンポよくつづられる死んでしまった同期との思い出。一見、死んでしまった同期が残した謎をめぐる物語かと思いきや、ですます調のやわらかい語り口に周到に隠された「私」の抱える闇が後半突如露呈されて、ちょっとびっくりします。いつものようにとても大事なものが書かれているのだけど、その大事なものが「友達」でも「恋人」でもない「同期」という関係であるのが結構新鮮な感じがしました。

しかし、選評を読んでいると「女性総合職小説」としてすばらしい、新しい、っていう評価が結構あって、なんか「総合職」という言葉が少し古臭くすら感じる現在においてなんかちょっと褒め方のセンスがいまひとつだなぁ、みたいな感じ。言いたいこと(評価されていること)は分かるんですけど。。いまだに男女雇用均等化とか女性総合職とかいうキーワードで連想される女性像はハイヒールに肩パッドの入ったスーツを着ておじさん相手にプレゼンやってる、ってそんな感じなのかね、と思います。「沖で待つ」の現場っぽさはすごくわかるな~~、という感じなのですがそういうあたりまえの感覚が表現されてる文学は確かになかったのかも。だいたい会社組織に適合できずにくだまいてる私の叫び、てな小説の方が圧倒的に多いですからね。選評を書いている人たちも現場で汗をかいている部類の方達ではないですしね。。あたりまえのことをあたりまえに書いてる人って何気にいないんですよねぇ。

派手さはないけれど噛みしめるほどに味が出てくる、そんな作品です。個人的には絲山さんはこういうサラリーマンだったんだろうなぁ、と思えるところがうれしい小説でした。

投稿者 teruyo : 2006年02月13日 23:19
コメント

私も読みました。太っちゃんは、かわいそうといえばかわいそうですが、それを感じさせない
キャラがこの小説のキーポインツでしょうか? でも、やっぱり「海の仙人」の方が読み応え
ありましたね。(当たり前でしょうが) HDD破壊とか、奥さんへのポエムとか、上司との関係
とか、なんか読む人の想像力に任せるような箇所が多くて、わたしゃちょっと物足りなかった
です。短いから仕方ないですかね。

Posted by: ハイパパ : 2006年02月14日 23:22

そうですね、やっぱり長編の方が読んだときの感慨もひとしお、ではありますね。芥川賞は短~中編が対象で、書いてるほうも芥川賞候補にしようと思って書いてるわけでもなく、後から候補に決まる、みたいな感じのようですからね。「『沖で待つ』が特別な作品だとは思っていない」ってご本人もコメントされてましたね。
長編でいうと直木賞候補になった「逃亡くそたわけ」は読み応えあるとおもいますよー。爽快な作品です。

いまご本人のHPの企画で「読者のあなたがインタビュアーとなって、聞きたいことを絲山に質問して下さい」ってのを受付中で、うわぁぁ、何聞こう、って嬉しくも悶々としてるところです。

Posted by: てー : 2006年02月15日 00:00