2008年03月29日

チベットのこと。

なんだかお久しぶりになってしまいました。。。

チベットの事を書かないとな~、とずっと思いながら忙しさにかまけて今日まできてしまいました。かといって、言いたいことがまとまっているのかというとそうでもなくて、むしろどんどん混乱してくるばかりなのですが、とりあえず、大事なことはシンプルなはずだ、ということを認識するために少し書いてみようと思います。

今年に入ったあたりからチベットの状況は近年に無く悪化している、という記事をみかけていたのですが、まさかこんなに急速に大惨事になっていくとは思っていませんでした。私は去年まで全然チベットの事を知りませんでした。私の知識はダライ・ラマというお坊さんがインドに亡命しているという、というくらいでした。結構そういう方も多いのではないでしょうか?たまたま、たかのてるこさんのチベットの旅行記を読んで「チベット仏教の考え方ってなんだか何もかもしっくりくるな~~~」と感動し、その後ダライ・ラマの自伝を読んでチベットが置かれた状況をはじめて認識し衝撃を受け、それまでの自分の無知さを恥じたのでした。社会科がニガテだったわたしは政治の話も「よくわかんな~い」で過ごしてしまうことが多かったりするのですが、無知(無関心)は罪である、ということをはじめて理解しました。

チベットはもちろん現在進行形でひどい状況になっています。しかし過去何十年にもわたってチベットは中国からひどい扱いを受けてきました。マスコミの報道は何か歯にものがはさまったような内容です。二言目には五輪開催可否の話になってしまいます。時にはなにか恣意的なものを感じる報道もあります。かたや、インターネットで検索すると怒りにまかせた中国叩きの内容も多いです。惨殺されたチベット人の遺体写真もありました(本当に悲しくなりました)。
いちばん大切なのはチベットの文化がほんとうに貴重ですばらしいものであること、チベットの人は本当はあんな車をひっくり返すような人たちではなくて、困っている人がいれば手を差し伸べるとても温厚で慈悲深い人たちであること、チベットの文化とチベット人の人権は守られるべき尊いものであることを知ることかもしれません。それは人の命は尊いものだ、人間ひとりひとりはとても大事なものだ、というあたりまえの事を知ることかもしれませんが・・・。


チベットは平和で、仏教の信仰の厚い国です。その精神的支柱となるのは観音菩薩の化身とされるダライ・ラマです。チベット仏教の僧侶は結婚をしません。従ってダライ・ラマは世襲制ではなく、転生により14世紀ごろから現在に至るまでチベットを導いています。伝統的にダライ・ラマが逝去すると数年後に、政府によりダライ・ラマの捜索隊が結成されます。捜索隊はお告げが指し示す地方を歩き回り、転生したダライ・ラマである子供を探し当てます。なんだか不思議ですよね。捜索隊が正式に確認に訪れた際、アムド地方のタクツェルという村の男児は故ダライ・ラマ13世の遺品を迷わず選び、ダライ・ラマの化身であると認められます。こうして、遊び盛りの少年は3歳にして僧院に送られ、1940年、5歳になったときに首都ラサにおいてダライ・ラマ14世として正式に即位します。それからわずか10年の後に中華人民共和国が成立し、人民解放軍がチベットに侵入します。この頃にダライ・ラマ14世は政治の上でも摂政タタ・リンポチェから任を引き継ぎ、チベットの代表者となります。

それから約10年間、中国の抑圧に対し、ダライ・ラマは懸命に共存の道を模索しますが、1959年にラサでおきた武装蜂起とそれに対する人民解放軍の粛清による混乱のためチベットは亡国の危機に瀕し、ダライ・ラマは亡命を余儀なくされ、翌年、インドのダラムサラに亡命政府を樹立します。このときダライ・ラマは25歳です。どれだけ過酷な人生なんでしょうか。それから現在に至るまで、何度も同じことが繰り返され、100万人を越すチベット人たちが殺されてきました。ダライ・ラマの心の痛みはいかばかりか想像もつきません。

しかし、ダライ・ラマの言葉に接したことのある方はわかると思いますが、これだけの辛い出来事ばかりの半生にもかかわらず、ダライ・ラマの言葉は心の強さとユーモアがあふれています。チベットの人にとってだけでなく全世界の人にとってダライ・ラマの存在は勇気を与えてくれるものだと思います。チベット仏教において祈りとは全世界の人の幸せを願うことであり、それはみんなが幸せになればその一員である自分も幸せになる、という考え方にもとづいています。チベット仏教を信仰している人にとって自分や自分の家族の幸せだけを願ったりすることはなく、仏壇に自分の先祖を祀ることもないそうです。仏壇にはダライ・ラマの写真を置き、毎日仏の教えを守って他人の役にたてることを祈りながらつつましく生きているのが本来のチベットの人たちの姿です。しかし、今のチベットの人たちはダライ・ラマの写真を祀ることはおろか、その名を口にするだけで分裂主義者として投獄される危険にさらされているのです。

わたしはチベットに行ったこともないし、歴史についての勉強も全然足りません。いまのチベットが人権を蹂躙されているのは確かですが、この先、具体的にどうしていくべきか、事態はそれほど単純ではないでしょう。チベットの人の中でも、中共寄りになった人もいるかもしれませんし、逆に国家としての独立を望んでいる人もいるでしょう。ダライ・ラマの中道方針に満足できない人もいるかもしれません。いろいろな意見をみればみるほど私の頭の中は混乱する一方なのですが、でも、大事なことはシンプルなはず。。。


私は個人的にこれまでの人生で中国にわりあいと親しみを抱いていました。何より四千年の歴史がつまっている漢方薬にはいつも大変お世話になっているし、大学の4年間は専門ではありませんでしたが中国語を勉強しました。そこで出会った中国人の先生はとても思慮深いすばらしい人たちでした。授業で「芙蓉鎮」という映画も見せていただきました(当時、中国映画がいろいろ話題になりましたよね)。また、台湾からの留学生の人とも話をする機会もありました。その頃にもう少し歴史や政治に興味をもっていれば台湾の人が感じている中国についての話なんかもきけただろうなぁ、などと思うのですが、反省しきりです。中国で行ってみたい場所もたくさんあります。蘇州・杭州なんてアコガレの地かもしれません。

ですから、中国の食品問題、人権問題は本当に心が痛みます。国の勢力の拡大は、一部の人間の欲望でしかありません。日本がかつて中国にしたことを、中国もまたチベットに対して行っています。そして日本が中国の安い労働力に依存しているのも現実です。しかし、そのために間違っていることを間違っている、と言えないというのは真のパートナーシップではないですよね。政治家の人たちには是非、党派を超えて、国としての主張ができるよう協力して頂きたいなと思います。わたし個人は世界の問題はチベットだけではない、ということについて、もっと勉強しないといけないです。

わたしたち日本人も、ひとりひとり大事なことはなにかを見失わないようにしなければ、と切に思います。となりの人の幸せを願う気持ちがあれば、日本国内でおきている目を覆いたくなるような事件の数々も起きることはないですよね。。。

大事なのは、どんな国の人であってもひとりひとりが尊重されるべきだ、というただそれだけだと思います。あなたは人の命を奪うかもしれませんが、あなたは人に命を救われるかもしれないのです。あなたはわたし、わたしはあなた、です。

最後にダライ・ラマの言葉をいくつか紹介します。

・怒り狂ったところで、敵を全員除去することはできません。
 誰かそうできた人を知っていますか。
 私たちが怒りや憎しみという
 内なる敵を自分の中に宿しているかぎり、
 今日の外敵を破壊したとしても何にもなりません。
 明日は別の敵が現れます。

・私たちの本当の敵は
 無知、憎しみ、欲望、嫉妬、傲慢という心の毒です。

・もし人間の本性が
 憎しみや敵を殺すことであったら、
 人類はずっと以前に滅亡していたでしょう。

(「抱くことば」より)

ダライ・ラマ14世の自伝はチベットで何がおきたのかを知るにはわかりやすいし、読み物としてもとても面白いです。チベットの悲しい歴史を知ることができる一方で、ダライ・ラマ法王のとてもチャーミングな性格やチベットののどかな生活の一端にふれることができ、しあわせな気分にもなれるとても不思議な本です。是非たくさんの人に読んでみていただきたいなぁ、と思います。

いつか、チベットにこの足で行ってみたいな、と思います。国境線がどうであれ、願わくば、そのときにチベットの人がダライ・ラマへの信仰を抑圧されることなく、胸を張って語ることができる土地でありますように。。。

読みにくい文章を、長々とお付き合い下さいましてありがとうございました。

 参考文献:
  ダライ・ラマ自伝 (ダライ・ラマ 山際素男訳)文春文庫
  抱くことば(ダライ・ラマ14世)イースト・プレス
  ダライ・ラマに恋して(たかのてるこ)幻冬舎文庫
  ダライ・ラマ法王日本代表部事務所HP http://www.tibethouse.jp/home.html

  ほか


(追記)2008.03.30

エベレストと関わりの深いアルピニストの野口健さんがご自身のブログやサイトでこの問題について繰り返しとりあげています。無断リンクですが、是非ごらんください。このぐらい潔く発言できる日本人は少ないかも。。。
http://www.noguchi-ken.com/message/b_num/2008/0322.html

(追記)2008.04.05

天台宗 書写山圓教寺の大樹 玄承 執事長 という方が、チベットにおける信教の自由に関する重篤な懸念について、TVで声明をあげられました。
(Youtube)
http://www.youtube.com/watch?v=3ErBB1D8b_I

日本の仏教界も動き始めたということでしょうか。勇気ある行動に敬意を表します。合掌。

投稿者 teruyo : 2008年03月29日 03:57
コメント

とてもわかりやすくて、説得力のある
文章でした!
(私も社会科ニガテですが、今回の記事は
興味深く読めました)

「世界中が幸せなら、私も幸せ」という、
とてもシンプルなことが、とても難しくなってしまっている
世の中なんだな~と痛感しています。
最近は国内でも信じられないニュースがいっぱいで。

ダライ・ラマの自伝なども読んでみたいと思います。
ありがとうございました。

Posted by: PON : 2008年03月30日 11:09

PONちゃん
コメントありがとうございます~。少しでもお役に立てたらうれしいです。
シンプルなことってなぜか難しいんですよね。。。

Posted by: てー : 2008年03月30日 18:23

いくら武力で制圧しようとしても、人の心の中までは抑え切れないというのはイラクで実証されてたように思うのですが、それがわからない人もいるのでしょうね。ちなみに私もちょくちょく中国叩きをしますが、嫌いなのは「中国共産党」であってあの国のエリート達までもが「言論の自由はなくてもいい」と言うシーンをテレビで見て愕然とした事があります。

ちなみにこの騒動からずっとビデオ屋では「7イヤーズ・イン・チベット」がレンタル中です。興味を持ってる人も多いのでしょうね。チベットについて知る手段はいろいろありますから、私もダライラマさんの自伝は読んでみたいです。

まずは思いのたけをじっくりと、それもオモテのblogで書いた事は「アッパレ!」です。

Posted by: ハイパパ : 2008年03月30日 22:22

ハイパパさん
コメントありがとうございます。なんか、書きっぷりに悩んでかなり苦労してしまいました。身の丈に合わないことは書けないし、実際どうするべきなのか調べるほどに分からなくなってくるし。60年の年月って重いですね。。。
それにしても中国とスーダンの関係、とか全然知らなかったです。世の中には知らないことがいっぱいだなぁ。は~。

7Years、まだ見てないんですよー。買うべき?

Posted by: てー : 2008年04月01日 00:45